村井智建 a.k.a. マックスむらい について

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村井 智建 a.k.a. マックスむらい
Tomotake Murai a.k.a. Max Murai

AppBank株式会社
事業推進部 兼 動画事業部 部長

生年月日:1981.12.11
出身:石川県

YouTube TVCM「好きなことで、生きていく」(2014/10)

SNS and more

X:
マックスむらい(@entrypostman)

Instagram:
マックスむらい(@themaxmurai)

TikTok:
マックスむらい(@maxmurai)

YouTube:
マックスむらいチャンネル

ニコニコチャンネル:
マックスむらい部

原宿展開:
どら焼き専門店「YURINAN -ゆうりんあん-」
グッズ販売・イベントスペース「原宿friend」


(YURINAN -ゆうりんあん- 原宿竹下通り本店)

主な経歴

1981年 石川県穴水町で生まれる
2000年 石川県立七尾高等学校を卒業
2000年 防衛大学校に入学、3か月で退校
2000年 株式会社ガイアックスに入社
2006年 株式会社GT-Agency 設立、代表取締役に就任
2008年 AppBank.net 立ち上げ(10/6)
2012年 AppBank を株式会社化、代表取締役CEOに就任
2013年 ニコニコ生放送「パズル&ドラゴンズ 女神降臨!を究極攻略」にて「マックスむらい」スタート(1/24)
2015年 AppBank 代表取締役CEOを退き、取締役CCOに就任
2015年 AppBank 株式会社が東証マザーズに上場
2020年 AppBank 代表取締役CEOに再就任
2024年 AppBank 代表取締役CEOを退任、社員として入社

会社名 AppBank
URL https://www.appbank.co.jp/
証券コード 6177 Yahooファイナンス

宣材写真など

2013年ごろ

2016年ごろ(崩壊しかけた世界を救う)

2018年ごろ

2020年ごろ

2021年ごろ

2024年ごろ

自己紹介的な日記的なメモ(2024.4.4)

一社員としてAppBankに入社するにあたって

2024年3月にAppBankの社長を退任(2度目)し、同じAppBankに社員として入社したマックスむらいです。

2006年、25歳の年に初めて社長になって以降、取締役的な基本は会社経営を+現場でのプレイングマネージャーとして、もしくは自らも手を動かし現場のトップとして、仕事をしてきましたが、今回、約18年ぶりに会社経営から外れて、一社員として事業部のみに専念する、ということになりました。

とても新鮮で、やる気に満ち溢れております。いつも満ち溢れてはいますが。

ここ数年、全力で、それこそ、アクセルべた踏みに近い勢いでのたくさんのチャレンジを並行立ち上げすべく挑んできました。
手応えをつかめた事業、思ったように伸ばせなかった事業、大ゴケして大きな損失を出してしまった事業、、、様々ではあるのですが、依然として会社として胸を張れる状況までたどり着けておりません。

不甲斐ない経営成績を続けてしまっているのは周知の事実です。

それでもそんな中、今ある事業の種もしくは大きく育ってくれるかもしれない可能性の芽を一緒になって育てて行こう、と賛同しジョインしてくれた新しいパートナー、そして、不甲斐ない状況ながらも諦めずに不器用に全力にもがき続けるマックスむらいを引き続き支え、応援してくれている皆様の力を元に、再度大復活し、今一度たくさんの人に楽しんでもらえ、喜んでもらえる、無邪気にみんなで一緒になって応援してもらえる事業を作り上げれるよう、全力で頑張りたいと思っています。

引き続きよろしくお願いします!!

自己紹介(2020年に書いたやつ)

1981年12月11日生まれ。
石川県の奥能登、穴水町の出身です。

実家は牧場。
ピーク時で500頭弱の牛がいました。肉牛です。

小学校は全校生徒40人ぐらいの小さな木造校舎の学校でした。
今はもうない岩車小学校。廃校になり、今はごみ処理施設になっています。

小学校3年生まで公文式で数学をやっていましたが、小学校2年生の時に計算コンテストみたいなやつで全国70位ぐらいに入りました。その頃は東京大学に行くものだと普通に思っていた時期もありました。

中学校は今はもうない向洋中学校。バスケ部で、生徒会長。
高校は合唱部で普通に過ごしました。

東京大学を受験して失敗し、防衛大学校に受かっていたので入学するも、3ヶ月で将来公務員になるのか?という悩みから退校。
2000年7月に渋谷のITベンチャーであるガイアックスに入りました。

2005年にガイアックスは上場。その時に営業の執行役員。
2006年に子会社でGT-Agencyを設立。ここで初めて社長に。
占いコンテンツのB2Bをやりながら、2008年にiPhoneが日本で発売されたのをきっかけにAppBankをスタート。
AppBankは順調に伸び、2012年にガイアックスから独立して株式会社化。
その後順調に事業は推移し、2015年に上場しました。

ちなみにアプリの専門家として2010年ごろからテレビで2本。
テレビ朝日のお願いランキングと、TBSの革命テレビがレギュラー。
他いろいろ。

テレビなれしてる、ってことでパズドラのニコ生をやる際に、ゲームうまくないのに出る。
それが2013年1月の女神降臨が最初で、その時からマックスむらいと名乗る。

その後、マックスむらいは全盛期を迎え、2015年冬の横領事件からいろんな苦労があって、低迷し、苦労し、それでも死なない!!頑張るっ!!!ってわけで、今、大逆転を目指してもっか奮闘中。

上場企業の経営者で、YouTuberで、なんやかんやタレント的なよくわからない存在の私ですが、これをうまくこなすバランス感はものすごく大変なことが多く、まだこれだってところにたどり着けてないですけども、日々全力でがんばっていますので、その生き様をぜひご覧ください!

2020年1月にAppBank社長に5年ぶりに復帰しました。
がんばります!!

自己紹介(2018年に書いたやつ)

みなさまこんにちは。マックスむらいです。
唐突ではありますが、自己紹介させていただきます。
1981年12月11日生まれ、35歳、石川県奥能登出身です。
本名は村井智建。

実家は牧場を営んでおりました。
物心つく前は乳牛を、ようするに牛乳を絞る仕事をしていましたが、
私が物心ついた以降は肉牛をやっていました。
ピーク時は400頭以上の牛を飼っておりまして、
実家の周りは牛舎に囲まれていましたので、
休日に昼寝をしていると、牛が「もー」となく声がよく聞こえたものです。

小さい頃の思い出をいくつか話すと、
夏はよくカブトムシをとっていました。

堆肥、ようするに牛のうんこはカブトムシの大好物でございまして、
堆肥を捨てる裏山からはカブトムシが星の数ほど取れました。

カブトムシを一番簡単に取る方法は、
シーツみたいなものに蜂蜜を染み込ませて、
大きな木と木に紐で結び、それに下からライトを当てる、というものです。

一晩置いておけば、翌日には何十、それこそ何百というカブトムシが
シーツに群がっておりまして、
それをシーツごとがっさーと回収するだけでカブトムシ祭りが開催できた程です。

虫かごなんてチンケなものではなく、
ドラム缶でカブトムシを飼ったりしました。

小さいころの思い出をもう一つ。

2歳のころから公文をやっていました。
やっててよかった公文式の公文です。

私は国語が苦手だったので、もっぱら算数・数学をやっていたのですが、
小学校2年生のときに年齢の関係ない誰もが参加できる計算コンテストみたいなもので、
石川県2位。
全国で70位ぐらいを取ったのはすごく思い出に残っています。

あの時の計算は自分的にも神がかってまして、
3桁×3桁の掛け算が暗算で途中の計算式なしに答えが書けた、ってのは自分で考えてもやばいな、と。
あの時だけのスーパーマックスむらい体験でした。

今では2桁×1桁の掛け算ですら暗算ではできません。

幼少期は神童と呼ばれていた私ですが、
大きくなって凡人となりました。

大きくなって知ったのは、神童は全国に10万人ぐらいいる、という話。
どこ情報かもよくわかりませんが、
その話を聞いた時に、
あぁ、そりゃ私も神童と呼ばれるわ、
と思った記憶があります。

小さい頃は虚弱体質で、ご飯も全然食べられない私でした。
小学校入学の時に108センチ、
中学校入学の時で134センチ、
というほんとに小さな体でした。

体が大きくなったきっかけは、
中学の時に入ったバスケ部で、
たくさん運動したわけですけど、
1年で15センチぐらい伸びて、
2年でほぼ今の身長になりました。

今は165センチです。

中学3年生の時にこのまま伸びれば180センチに!?
とビビったものですが、
なぜかピタッ、と止まりまして、
165センチでステイです。
中学の2年間のみ成長期が来た私です。

高校時代は合唱部に入りまして、歌を歌いました。
声の大きさには定評があった私です。
その時に鍛えられた肺や喉が、
ここ数年の私の動画や生放送人生を支えてくれたと思います。

人は一般的に歌うよりも喋るほうが喉に大きな負担をかけると言われます。

以前、限界突破というCDを出させていただいた際も、
ボイトレの際に、声の先生に、
8時間歌っても喉はピンピンしているけど、
2時間連続で喋ったら次の日は喉がぶっ壊れているわね、
と言われたことがあります。
これにはとても共感しました。

毎日のように生放送で2時間3時間、大声で喋っていた時は、
のどスプレー「パープルショットダブリュゥ」が手幅せず、
5分喋っては喉に、シュッ、5分喋っては喉に、シュッ、という生活をしていました。

逆にそんなにパープルショット飲み続けたら、
胃が荒れて何も食えなくなるじゃないか、という心配をよそに、
私の喉や胃は絶好調で、
逆にそのハイテンションな日々を抑えるために、
暴飲暴食に向かう私は、この数年は太り続けております。

最近は生放送も一人じゃないし、
動画の撮影もいろんな人達と一緒にやっているので、
自分の喉に対する負担はかなり軽減されていて、
きっと喉もホッとしているのではないかと思います。

私がなんでユーチューバーみたいなことをやっているのか、
も触れないといけないかと思いました。

私は2008年、日本で初めてiPhoneが発売された年から、
AppBankというサイトをやっています。

AppBankはiPhoneアプリを紹介するサイトでして、
毎日10数本のアプリを紹介していました。

その結果、2010年ごろにはアプリの専門家みたいな感じで、
いろんな企画やいろんな講演会に呼ばれるようになりまして、
呼ばれた一つがテレビ朝日系列で放送されていた「お願いランキング」です。

当初、企画のお手伝いをしてもらえないか、というオファーでしたが、
話しているうちに、この人に出てもらえばいいんじゃね?ってことになり、
私もまんざらでもなく、めでたくテレビデビューとなりました。

その時期にTBS系列で放送されていた「革命テレビ」という番組にも
レギュラーでお世話になり、
「お願いランキング」と「革命テレビ」という2番組に、
レギュラー出演となったわけです。

その後、AppBankはアプリ紹介から時代の流れによってゲームの紹介もガッツリするようになり、
攻略記事的なものも書くようになりました。
それがパズドラです。

パズドラの攻略記事をAppBankとしてたくさん書いていた時に、
ニコニコを運営するドワンゴさんと偶然話す機会がありまして、
ユー、一度生放送やっちゃいなよ、みたいな感じで、
それが2013年の1月の女神降臨!

マックスむらいの動画デビューですね。

その翌月の大泥棒参上が初めて魔法石をかけて戦った降臨戦でして、
その半年後にYouTubeのマックスむらいチャンネルの開設です。

今は2018年なので、もう5年以上経ったのですね。

その後の話はほぼ毎日が動画になっています。

マックスむらいチャンネルも開設から大体4年で、
6000本以上の動画を公開してきました。

ぜひこの動画を見て下さって、マックスむらいに
少しでも興味を持ってくださる方がいらっしゃれば、
過去のいろんな動画も見てくださると幸いです。

チャンネルトップに厳選動画の再生リストもありますので、
覗いてみてくれると嬉しいです。

では、最後までご視聴くださいまして、
誠にありがとうございました。

ぜひこの動画に、高評価、コメント、チャンネル登録をよろしくお願いします!!

いろいろQ&A

Q. 人生で影響を受けた本
A. 『EV.Cafe 超進化論』『二十歳のころ』『7つの習慣』。高校〜10代ラストぐらいでとても影響を受けた3冊です。

Q. 村上龍の好きな小説ベスト3
A. 『69 sixty nine』『愛と幻想のファシズム』『村上龍料理小説集』。高校時代、村上龍のエッセイや小説ばかり読んでました。

Q. どんな財布使ってる?
A. バレンシアガの小さい財布を使っています!

Q. 尊敬している人は?
A. スティーブ・バルマー(90年台のウィンドウズの叩き売りみたいなTVCMとか、ビル・ゲイツと車のって楽しそうなCMとか、汗だくなプレゼンテーションとか大好き)

Q. 会ってみたい人は?
A. 好きな本とか音楽とかで高校時代とかにすごく影響を受けたのは村上龍さんとか坂本龍一さんなのだけれど、会いたいか?と言われると会っても話すことないかな、と思ってしまい、別にいいかな、と思ってしまいます。例えばもう亡くなってしまいましたけど、生前にスティーブ・ジョブズさんに会いたいか?と言われると別に会っても話すことないしな、、みたいな。なので、特に会いたいって人はいないです。時間があれば、周りにいるいろんなメンバーとなんかやっている方が好きです。もちろん仕事として何かやろう・やりたいってときは会いたい、というよりも会いに行きます。

Q. 今まで行った場所で一番よかった場所とその理由
A. マンハッタン。ブロードウェイのミュージカル、オフ・ブロードウェイ、演劇、クラッシック、ジャズバー、メジャーリーグ、バスケット、などなどなど、エンターテインメントにあふれている街で、しかも席を選ばなければだいたい1000円とか2000円とかで入れちゃう。20代前半に何度も行きましたが、お金なくても楽しめる(お金があればもっと楽しめる)街だと思います。影響をたくさんうけました。

Q. 楽しいことを考える原動力は?
A. 2008年に始まったAppBankはそもそも遊びを仕事に、お金に変えて会社を大きくしてきたような会社です。
私にとっては自分が面白い、楽しいと思えることが前提ですが、遊びで仕事を作っていきたいとずっと思っているので、仕事はとても楽しいです。

Q. 言われて嬉しい言葉
A. いつも見てます!

Q. 座右の銘
A. 『中庸』『過去は水に流し、明日は明日の風が吹く。』

Q. 中学、高校時代の部活は?
A. 中学校時代はバスケットボール部で、高校時代は合唱部です。

Q. 人生で影響を受けたことは?
A. 30歳超えて、人生に何か影響を受けるようなことなんて今更無いだろ、と思っていたけど、2015年冬のAppBank上場後の横領から始まるいろんな事件は、私の仕事の仕方や、人との関わり方、性格にもとても大きな影響を与えたと思います。

Q. 一番好きな色は?
A. 昔は赤、今は青!

Q. 好きな食べ物はなんですか?
A. からあげ、ラーメン

Q. 嫌いな食べ物は?
A. デスソース

Q. 好きな飲物は?
A. ブラックコーヒーと炭酸水です。家では炭酸水しか飲みません。

Q. 好きなお酒は?
A. 重めな赤ワインとアイリッシュ系のウイスキーです。

Q. キレイ系大人女子と可愛い系年下女子のどちらが好きですか?
A. キレイ系大人女子

Q. 気持ちの切り替え方
A. バーで一人でお酒を嗜んでます。

Q. 疲れたときはどうしますか?
A. 寝れるときは寝るのですが、寝る時間がないときはコーヒーブラックを飲んでがんばります。レットブルは最近は控えています。

Q. 気合を入れる時、何をしますか?
A. これぞ!!、という時はご飯を食べないようにして(血糖値を上げない)、レットブルを飲みます。

Q. なんで「マックスむらい」なんですか?名前の由来
A. パズドラの女神降臨をニコ生で初めてやろうって時に、ゲームっぽい単語を何かつけようとなって、レベルマックスって単語が普通にみんなの中で使われていたので。

Q. 物欲が我慢できません。
A. 私は物欲がほぼありません。

Q. 休日は何をしていますか?
A. 何もない日は寝てるか、漫画を読んでいたり、散歩していたりします。

Q. まだ行ったことのない行ってみたい都道府県
A. 車で通り過ぎたとかも入れると全都道府県いったことありました。ゆっくり行きたいな、と思うのは長野県。