人間の脳は他の霊長類とは全く違う特徴をもちますが、その理由については長いあいだ謎に包まれたままでした。しかし、動物実験に代わる細胞を培養できたことにより、人間の脳の進化に繋がった遺伝子の正体が明らかになりつつあります。
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チンパンジーの脳を人間に近づける遺伝子「ARHGAP11B」
ヨーロッパでは、類人猿を用いた動物実験は倫理的な理由から禁止されています。そこで、動物実験に代わるものとして使われているのが「オルガノイド」と呼ばれる、実験室で培養される数ミリサイズの三次元細胞構造体です。
このオルガノイドは、多能性幹細胞から作製し、神経細胞など特定の種類の細胞に分化させることができます。今回、ドイツの研究所MPI-CBGのチームは、チンパンジーの脳オルガノイドと人間の脳オルガノイドの両方を作製しました。
MPI-CBGのWieland Huttner助教は「脳オルガノイドによって、ARHGAP11Bに関する疑問を解明することができました」と述べています。ARHGAP11Bとは、基底前駆細胞を増幅し、神経前駆細胞の増殖を制御し、新皮質彎曲に寄与する人間の特異的な遺伝子のことです。
以前の研究で、ARHGAP11Bが霊長類の脳を拡大させることは示されていました。しかし、人間の大脳新皮質の進化的拡大において、ARHGAP11Bが大きな役割を果たしているのか、あるいは小さな役割しか果たしていないのかは、これまで明らかになっていませんでした。
これを明らかにするために、研究チームはまず、ARHGAP11B遺伝子をチンパンジーのオルガノイドの細胞内部に挿入。その結果、関連する脳幹細胞が増加し、人間の並外れた精神能力に重要な役割を果たすニューロンが増加したのです。
逆に、人間の脳オルガノイドからARHGAP11B遺伝子を取り除いたり、ARHGAP11B遺伝子の機能を阻害したりすると、脳幹細胞の量はチンパンジーのレベルまで減少しました。この結果を踏まえ、研究チームは「ARHGAP11Bは人間の進化における大脳新皮質形成に重要な役割を果たしている」と見ています。
また、ARHGAP11B遺伝子の重要な役割を考えると、この遺伝子に変異があった場合に、新皮質のある種に異常な発達が引き起こされる可能性もあると考えられています。倫理的な問題から実現することはないでしょうが、これらの研究が進めば「猿の惑星」に出てくるような、人間レベルの知能を持つチンパンジーを生み出すことも可能になるのかもしれませんね。